小川直人(山形国際ドキュメンタリー映画祭2015「ともにある」コーディネーター)

 

『ちかくてとおい』は、どこかセンチメンタルな映画だ。

あの日の衝撃よりも、今なお続くさまざまな問題の重さよりも、変わり果てた、

そして変わり続ける故郷を目の前に茫然とする気持ち。

それを「幼い姪が大人になったときに伝えるため」と自分に言い聞かせて、

かろうじて地面につなぎとめているかのようである。

 

東日本大震災から6年を経て、「復興」がそんな弱々しい感情だけでは進まないことは十分に思い知らされ、

それを押し殺して足早に進めた(無残な)結果も目にする今、

私たちは、一人の人間からもう一人の誰かへと送られるささやかなメッセージを

かみしめる時間があっても良い気がしてならない。

 

 

 

 

 

 

小西晴子(『赤浜ロックンロール』監督)

 

ちかくてとおい

津波と盛り土によって失われつつある"ふるさと"は

この映画の中で永遠に残っていくだろう

お祭りのさわめき、人の笑い声、風の音、湧水のぽこぽこ沸く音

光と水のきらめきに彩られ、せつなさに満ちている記憶

 

土地と人の暖かな息づかい

誰にも消すことのできない大久保監督の原風景

その息づかいは次の世代に引き継がれていくだろう

 

そして自分のふるさとを想った

父の怒鳴り声、母の笑顔、ひばりの声、川のせせらぎ、

山の稜線に沈む真っ赤な太陽、お祭りの金魚、夕餉のにおい‥

それは自分の誕生の意味を見つめたことでもあると気づかされた。

 

 

 

 

 

 

 

佐藤慧(フォトジャーナリスト) 

 

明日も繰り返されると思っていた日常がある日突然分断される。

ここに本当に街があったのだろうかと、色の無い景色を前に思う。

しかし人々の営みは、その虚無に千切られることなく過去から未来へと紡がれていく。

想像力の「鍵」さえあれば、かつてそこを行き交った人々の息吹や祭りの喧騒、

記録されることのない、数えきれないほどの日々に思いが至る。

この映画は、そんな「鍵」を僕たちに与えてくれる。

 

 

 

 

 

 

タテタカコ(シンガーソングライター)

 

少しずつ乾いていくあの日からの感情と記憶に、

被災した方々が抱えておられる目に見えないはかりしれない喪失感に、

監督の愛情を持った一滴一滴の故郷の映像が、心にポトリと映し出されて、滲んで広がっていきます。

時代を遡って映し出される大槌町の風景は、何代も前から育んで来てくれた

先祖から手渡される宝物のようにも感じて、今ある命を深く掘り下げてくれます。

とつとつと、丁寧に運ばれる大久保監督の言葉は、静かな祈りにも似ていて、

まだ暗い空から降ってくる一粒一粒の大きな雪が愛おしく感じられました。

 

 

             

 

 

 

福間健二(詩人・映画監督)

 

68歳の誕生日に『ちかくてとおい』を見ました。

28歳から28歳への、現在から未来への手紙としたことが素晴らしい。

それによって現在と過去が、そして抒情的なものと叙事的なものがこれ以上はないという出会い方をして、

さらにそういう枠に収まらないところに行こうとしている。

                            

(いただいた手紙より引用)

 

 

 

 

 

 

安岡卓治(映画プロデューサー/編集者/日本映画大学・教授)

 

この映画には、過去と現在、けして幻影ではなかったはずの人々の営みの場所が刻まれています。

記憶の中に確かに残っているはずの作者の生まれ故郷の風景が、幻影のように映し出されます。

主人公は風景です。 人間はでてきません。

28歳の作者が、震災から30年後の2041年に28歳になるであろう姪に語りかける形でつづられたモノローグは、

作者みずからの記憶の中の風景を映像に映しながら、未来を問いかけるのです。

津波の被災地から発見された作者の家族アルバムから、その暮しのクロニクルが浮かび上がったとき、

その場所に確かに存在した作者や作者の家族がはっきりと描きだされるのです。

その中には震災で亡くなられた作者のお祖父様の姿もあります。

荒涼としたままの6年目の被災地の映像、それが幻影に見えるのは、私だけでしょうか。 

 

抑制された表現でつづられたこの映画は、強靭な批評性を秘めています。

 

(いただいたコメントより抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

 

安田菜津紀(フォトジャーナリスト)

トンネルに響く列車の鼓動、波のささやき、きしむ土砂。

音から始まるその物語は時に過去へ、時に未来へと時空を超え、私たちの心を導いていく。

ここに刻まれた町の息吹は、未来へと綴られた手紙そのものだった。 

わたなべりんたろう(監督/「週刊朝日」映画欄担当)

1時間未満の上映時間ながら監督自身の未来への内省的な旅は長編映画以上の濃密さである。

ジョナス・メカスの『リトアニアへの旅の追憶』を想起させられた。

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